薬害C型肝炎訴訟の道のり
薬害C型肝炎訴訟について,見てみよう.
血液製剤フィブリノゲンによって,C型肝炎になった方達が,「薬害肝炎被害者の会」を結成したのは,2002年9月のことだった.
事の発端は,2000年8月24日に行われた薬害根絶デーでの,男子学生の訴えだった.
自分はC型肝炎であるということを大勢の前で発表し,薬害問題はエイズ以外にもあることを訴えたのだ.
この青年の発言に勇気付けられた被害者20人が,「薬害肝炎被害者の会」を結成する.
そして,そのうち16人が2002年10月21日に東京と大阪の両地裁に集団提訴をした.
これが,今回の薬害C型肝炎訴訟の始まりだ.
被害者の方達は,その後 問題解決への支援を求めて,さまざまな国会議員と懇談する.
時には,行進をしたり,集会を開いてC型肝炎の恐ろしさを訴えてきた.
この運動を通して,いくつか新たに分かった事実も出てきた.
国も,製薬会社も危険を知っていたということ,副作用の報告書が破棄されていたこと,製薬会社からの感染者リストが地下倉庫に置き去りだったこと・・・ これらの事実が分かっても,なかなか良い方向へ話が進まない日々.
おそらくこれらのニュースを見て,政府に不信感を抱いた国民も少なくないことだろう.
2002年に始まった訴訟問題がようやく光が見えたのが,2007年12月25日.
原告の方達がようやく福田首相と面会することができたのだ.会を結成してから約5年も経っていた.
そして,2008年1月15日,国との和解が成立した.
治療を続けながらの活動は,想像もつかないほどとても辛いものであっただろうと思う.
もちろん,国と和解したからといって終わったわけではない.
まだ救済を求めている人たちはたくさんいらっしゃいますから,これからも活動を続けていかなくてはいけない.
しかしながら,原告団の方達の活動は多くのC型肝炎患者にとって,励みになったことだろう.
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